人気温泉旅館ホテル250選に5回以上入選の宿 特集記事

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読むのが先か
歩くのが先か

湯野浜温泉

湯野浜温泉

湯野浜海岸

湯野浜海岸

湯野浜温泉

今なおファンが多い藤沢周平。彼の小説には故郷・鶴岡の風景が様々な形で現れている。代表作『蝉しぐれ』には「蓑浦は小さな港を持つ漁師村だが、それよりも村はずれにある十軒ほどの湯宿で知られている村である。その家々と湯けむりが見えて来た~~~波がくだける磯とその先の長い砂浜、松林、そして新鮮な魚を提供する湯宿…」との描写がある。また『風の果て』には「松原というのは領内の海辺にある温泉地のことである。砂丘を越えたところに松原がひろがり、三里もの砂丘を埋める松林をそのまま地名にしている場所だが、そこには十数軒の湯宿がかたまって繁昌している土地でもあった~~~海岸が磯に変わるあたりに良質の湯が噴き出しているのである」とある。情景も地形もまさに湯野浜温泉そのものである。藤沢周平の小説には海沿いの小藩「海坂藩」を舞台にしたものが多く、鶴岡市では藤沢作品ゆかりの地25カ所に案内板を設置して文学散策へと誘っている。

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日本海の絶景を眺める美食宿『游水亭いさごや』

羽黒山と繋がる
皇子伝説

羽黒山五十塔

羽黒山五十塔

由良温泉

推古天皇元年(593年)に奈良の都から日本海の荒波を乗り越えて一人の皇子が由良海岸に上陸した。第32代崇峻天皇の皇子「蜂子皇子」で、父が蘇我馬子に暗殺され、自身の身にも危険が及ぶことを察知した皇子は従兄弟の聖徳太子の勧めにより都を脱出したという。皇子が上陸の際、笛を吹いて洞窟「権現穴」に迎え入れたのが8人の乙女。その地を八乙女浦と呼び、皇子が丹後の由良から出航したことからこの地が「由良」と名付けられたという。皇子は権現穴に篭もって修行を重ねた上で羽黒山へ入山。難行苦行の修行の末に観世音菩薩の姿を拝し、羽黒山を開山。その後、月山では阿弥陀如来、湯殿山では大日如来を拝してそれぞれ開山。授かった火と水の宝珠を携えて羽黒山に戻り、今日まで続く羽黒山修験道の礎を築いたとされる。これが出羽三山の御由緒であり、羽黒山の山頂には皇子を祀る蜂子神社や東北地方で唯一の皇族の墓所とされる蜂子皇子の墓もある。権現穴は羽黒山長の神の井戸と地下道でつながっており、皇子は三本足の烏に導かれて羽黒山に赴いた…。そんな伝説も残る由良温泉。皇子は日本海を染め上げる夕陽の美しさに言葉を失い、しばしば立ち尽くしていたと伝わる。

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日本海の夕日を望む歴史の宿『ホテル八乙女』

鼠ヶ関に残る
義経物語

鼠ヶ関

鼠ヶ関

あつみ温泉

あつみ温泉からほど近い「鼠ヶ関(ねずがせき)」は白河の関、勿来の関と並ぶ奥羽三大古関の一つ。歌舞伎の勧進帳は山伏姿に変装した義経が加賀の安宅の関を抜けようとした際に、武蔵坊弁慶が義経を杖で打ちつけたことで通過できたという人気演目だが、実は「鼠ヶ関」でも同じことが行われたという説がある。もう一つが義経一行は越後の馬下(村上市)から船で日本海をたどり、鼠ヶ関の浜辺に船を着けて難なく関所を通過したという説だ。現在は地続きになっている弁天島が上陸地といわれており、「義経上陸の地碑」や「義経ゆかりの浜碑」が建立されている。その日本海を望めるのがあつみ温泉の北東に位置する温海岳。昭和36年に昭和天皇は「雨けむる みどりの山は しづかにて 庭の山かと 思いけるかも」と温海岳を詠われている。自然美に包まれた歴史ある温泉地。歌の情景さながらの宿があつみの湯を今に伝えている。その一軒、「萬国屋」のある部屋には「鼠ヶ関」をイメージして焼かれた次年子窯の陶器風呂が至福へと誘っている。

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・創業350年以上の歴史を誇る老舗宿『萬国屋』
・四季折々の日本庭園の情感に癒される『たちばなや』

松島の牡蠣が
美味しい理由

松島かき

牡蠣小屋ではプリップリの牡蠣が味わえる

松島

「牡蠣は育つ海によって味が違う」というが、東松島市の鳴瀬地区で養殖された牡蠣はひと味もふた味も違う。鳴瀬の牡蠣養殖は海面に浮かべた樽にロープを連結させて牡蠣を連ねる「延縄式垂下法」だ。牡蠣の種(幼生)を採取してホタテの貝殻に付ける「採苗」から始まり、「抑制」という浅瀬に作った棚で日光や空気にさらして稚貝を鍛える時間を経る。鍛えることで生命力の強い牡蠣が育つからだ。通常の牡蠣はその後海に沈めて育成・収獲されるが、鳴瀬の牡蠣にはもうひとつ工程がある。抑制後に外湾の潮の流れが速い場所に牡蠣を移す2カ月間の「沖出し」を行うのだ。鳴瀬の海は鳴瀬川と吉田川の終着点。奥羽山脈からの栄養も豊富だが、それだけではこの味にはならないという。内湾で育てた牡蠣を流れのきつい海域に移動させるのは鳴瀬独自の方法だそうだ。
収獲の際にはウィンチでロープを巻き上げて引き上げるのだが、鳴瀬ではまず海面に近い部分の牡蠣を収獲する。太陽光が入るためプランクトン(栄養分)が多く、育ちが良いからだ。そして約12mあるロープを巻き直して深い位置にあった牡蠣を海面へと近づけて育成して1カ月後に収獲するという。宮城県の牡蠣の検査基準は特に厳しく、基準を満たさないと「生食」は許されない。10月から3月に旬を迎えるプリップリの牡蠣が食べられるのが松島の牡蠣小屋。漁師さんが手塩にかけて育てた牡蠣の美味しさをぜひその舌で確かめてほしい。きっと何個でもお代わりしたくなる。

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松島を高台から一望するリゾート『ホテル松島大観荘』

復興の一翼を担う
商店街とモアイ

モアイ像

イースター島から送られたモアイ像

南三陸キラキラ丼

南三陸キラキラ丼

南三陸温泉

志津川駅から徒歩3分ほど。志津川湾を一望する高台に建つ「南三陸さんさん商店街」が2017年に隈研吾氏の監修・設計のもと生まれ変わった。南三陸杉が使われた平屋6棟に並ぶのは飲食店、土産物店、鮮魚店、カフェ・スイーツ店、産直施設など29軒の店舗。今や押しも押されもせぬ南三陸ブランドグルメになった「南三陸キラキラ丼」も楽しめるほか、豊かな海が育んだ最高品質の海産物を購入できる。商店街のすぐ横にはイースター島から復興への願いを込めて寄贈されたモアイ像が佇んでいる。2020年にはデッキが2層になった中橋も開通し、渡れば旧防災対策庁舎のある「南三陸町震災復興祈念公園」がすぐそこにある。

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志津川湾を一望するオーシャンビューホテル『南三陸ホテル観洋』

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